タルコット・パーソンズ生誕百年記念シンポジウム

パーソンズ・ルネッサンスへの招待

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趣意書

    2002年は、タルコット・パーソンズ(19021979)の生誕百年にあたる。われわれはパーソンズの生誕百年を記念して、彼の広範囲にわたる諸業績を再評価するためのシンポジウムを、パーソンズが生まれた月である12月の7日、8日に開催することにした。当シンポジウムには、社会学および隣接諸分野からさまざまな世代の18人の学者が参加する。海外からは、パーソンズ理論を基礎にグローバル化や宗教の問題について研究しているイギリスの社会学者(ピッツバーグ大学名誉教授)ローランド・ロバートソン氏(著書は『グローバリゼーション:地球文化の社会理論』、ブライアン・ターナーとの編著『近代性の理論』ほか、この2冊はどちらも日本語訳がある)を招いて特別講演を予定している。

    今、なぜパーソンズなのか。それはパーソンズの理論的・経験的洞察が、今なお社会学およびその隣接分野の研究において高い意味をもつと考えるからである。だがパーソンズは、これまでそれがほんらい値するだけの十分に高い評価を必ずしも受けてきたとは言いがたい。とりわけ日本でのパーソンズ評価には、戦後アメリカ社会学を受容する過程のうちに組み込まれた、歴史的に根深い偏りがあるように思われる。

    パーソンズ生誕百年記念シンポジウムは、意図せずしてニューヨークと東京で同時平行的に開催されることになった。そこで当シンポジウムの目的は、日本人としての観点から、パーソンズのより正確な理解を打ち出し、パーソンズの社会学がほんらいもち得べき意義を革新的に復興しようとすることにある。すなわち、「パーソンズ・ルネッサンス」へと皆さんをお誘いしようとするものである。
 

II

    戦後日本の社会学は、アメリカ社会学の強い影響のもとに形成された。これがベースになって、パーソンズに対するイメージが形成されてきたきらいがある。その過程は二つの段階に分けて見ることができる。
 第一の段階は、1950年代にパーソンズ社会学が「機能主義理論」や「システム理論」という名の、アメリカ生まれの「一般理論」として受容されたところにあった。この過程において、パーソンズ社会学は、もともとヨーロッパ社会学思想のアメリカへの導入であったのにもかかわらず、日本では自然科学的なアメリカ社会学の一環として、あたかもアメリカン・イデオロギーであるかのようなイメージがつくりだされた。マルクス主義からする「社会変動を説明しない」(この場合の「社会変動」はマルクス主義の意味での「革命」を意味した)との定型化された批判は、その産物であった。
 第二の段階は、1960年代と1970年代のアメリカにおける一連の「ミクロ社会理論」(現象学的社会学、エスノメソドロジー、シンボリック相互行為論、交換理論等)が、しばしば「反パーソンズ派」の諸理論として位置づけられたことにあった。しかしこれらの諸理論は、個々にその内容を検討してみれば、必ずしもパーソンズ理論と対立するものではなかったはずである。にもかかわらず、「反パーソンズ派」によって描き出された否定的なパーソンズ像が、あたかもパーソンズの実像であるかのように定着していった。
    こうしたパーソンズ受容の過程で忘れられていたのは、パーソンズ自身の書いた業績そのものであった。十冊以上のパーソンズの(および共著者の)著作、および数百にも上る論文は、世界の古典として広く読まれ続けたというよりは、少数の人にしか読まれることのない、いわば「特殊パーソンズ的」といったイメージが一人歩きすることになったのである。
    1980年代後半から、日本および海外において詳細な研究があらわれはじめ、パーソンズのより正確な姿が伝えられるようになった。しかし、その時期になるとパーソンズそのものへの関心が著しく低下し、優れたパーソンズ研究も一部の研究者の間以外では注目されず、それ以前に形成されたパーソンズについての正確でないイメージが、そのまま存続することになった。
 

III

    ここではパーソンズ社会学の特質として、以下の三点を共通の了解事項としてあげておきたい。
    第一に、パーソンズは行為理論家であるということである。この点は、「機能主義」および「システム理論」という理解の中で、ともすれば忘れられがちである。パーソンズは「構造―機能主義」や「社会システム」の概念を用いたが、その根本において行為理論家であるという点において全く揺るぎはなかったのである。また晩年のパーソンズは「人間の条件」パラダイムによって行為理論を超える試みに踏み出しているにもかかわらず、彼の社会理論の中心はやはり人間の「行為」にある。行為の主体性や「思念された意味」の問題は、パーソンズ行為理論の重要な要素をなしている。その上でパーソンズの取組んだ問題は、行為の規範的秩序の関係ということであった。この問題は、現在も「ミクロ―マクロ問題」あるいは「行為と構造」などという形で多くの社会理論家の関心を引いている問題である。
    第二に、パーソンズは社会の一般理論家であると同時に、経験的社会学者でもあったということである。パーソンズは、医療専門職や大学分析のように、自ら経験的調査を行うこともあった。だがより重要なことは、パーソンズの理論業績それ自体が、常に経験的研究に志向したものであったということである。パーソンズの社会理論は、経験的研究の問題を設定し方向づけるための、また他の研究者の経験的業績を総合するための枠組として構想されていたものである。その経験的問題とは、専門職、ナチズム、家族、社会階層、政治的リーダーシップ、医療、教育、宗教、エスニシティなど、多岐にわたっている。パーソンズ理論は、経験的事実を超越した一般理論としてではなく、常にこうした様々な経験的諸問題との関連で理解されなければならないものである。
    第三に、パーソンズの社会理論が、「近代」の社会理論であったということである。歴史的認識のない「一般理論」であるというパーソンズ理解は修正されなければならない。パーソンズ理論は、資本主義、民主主義、ナショナリズム、専門職化、教育革命、医療や科学の発達等といった、近代化と近代社会という大きな歴史的問題をテーマにしていた。その上でパーソンズは、近代社会を「人間性の喪失」ととらえるヴェーバーやネオマルクス主義等に代表されるペシミスティックな理解を退けながらも、多元化やグローバル化を近代の社会秩序の構成原理と考え、その道徳的意味について常に深い問いかけを続けた社会学者であった。
    以上の三つの視点を打ち出すことで、パーソンズ社会学を「機能主義」や「システム理論」という狭いカテゴリーに囲い込んでしまうのではなく、より包括的な社会理論的、社会科学的諸問題へとパーソンズを引き出し、パーソンズ以前および同時代、さらにはパーソンズ死後現在に至るさまざまな分野の諸研究との関連の中に、パーソンズの諸業績を位置づけることができるのである。
 

IV

    パーソンズ理論は、かつて規範に偏重した理論であると批判された。しかしこれは全くポイントをはずした批判と言わざるを得ない。というのは、パーソンズの社会理論上の最も傑出した貢献が、その規範的秩序モデルの構築にあるからである。確かに彼は規範による社会の統合を重視した。しかし彼は、単に共通価値や規範への合意が実質的に存在していると仮定したわけでも、共通価値と規範だけで社会の秩序が形成されると考えたわけでもなかった。
    とりわけ複雑な近現代社会においては、多様な集団や組織、およびそこでの役割関係が共存し交錯しあう状況をつくりだしており、それが社会を常に不安定にし、社会秩序はさまざまな諸力の微妙なバランス関係の上にのみ成立するという認識を、パーソンズは決して見失うことはなかった。社会秩序の形成には、信頼関係や共通の価値や文化的シンボルが何らかの形で作用していなければならない。パーソンズはこうした観点から、社会秩序の形成において信頼関係や共有された価値・シンボルがいかなる作用するのかということを示すためのモデルを提示したのである。
    パーソンズは、共通価値や規範の押し付けによる「体制維持」を考えたわけではなかったし、すでに解体しつつある旧来の価値理念を復活させようとした保守主義者だったわけでもなかった。むしろ彼は、市民的自由や平等が現実社会の中でいかに実現できるのかを追求した、リベラリストであった。パーソンズにとって、信頼関係や共通価値は、高度に合理化され複雑化した社会諸制度の中で一般化・普遍化され、さまざまな諸利害や権力関係と絡みながら作用するものであった。パーソンズの規範的秩序モデルは、そのような複雑な近現代社会の諸過程を読み解く装置として構想されたものである。
    民主化が進んで多様な利害やアイデンティティが生まれ、さまざまな理念や文化がグローバルに対立しあうようになり、また科学の高度な発展が人間存在の条件を根本的に変化させつつある現代社会は、「社会秩序はいかにして可能なのか」というパーソンズ的問題があらためてつきつけられているといえよう。その際、パーソンズの規範的秩序モデルが一つの手がかりになるのではないか。このシンポジウムでは、これまで十分に検討されたとは言いがたいパーソンズの規範的社会理論を、さまざまな角度から考え直してみたい。
 

    パーソンズ社会学の問題点として、これまでしばしば指摘されてきたことの一つに、彼のアメリカ中心主義がある。パーソンズは、アメリカ合衆国社会が「近代の主導社会」であるとし、その社会秩序の枠組がグローバルな普遍性をもっていると考えていた。しかしながら、パーソンズがアメリカ社会から引き出してきた社会秩序の枠組、例えば民主主義、文化的多元主義、市民権、自由平等の価値理念などは、単に「アメリカ中心主義」として簡単に特殊化され得ないものである。というのは、「グローバル化」が進展しているといわれる現在、こうした諸要素が新しい社会秩序の枠組として注目を浴びているからである。パーソンズは、人類史上においてアメリカ社会が果たした普遍的意義を抽出したのだ、と解釈することができるであろう。
    同時にわれわれは、日本人としての観点から、「グローバル化」のもとで現在すすみつつある「アメリカ一極主義」を相対化する必要がある。パーソンズのアメリカ社会論は、戦後日本の近代化にとって大いに参考になるものであるが、われわれはアジアに位置する社会としての視点からパーソンズ社会学を再検討するのであるから、欧米中心的に考えられているパーソンズ的近代化の図式の中に、アジアの観点をつけ加えていくことを考えなければならない。パーソンズの『諸社会』の中には、日本は登場しない。しかし日本はアジアにおける独自の近代化をつくり出した。アメリカの政治家は日本をグローバル化の名のもとにアメリカナイズしようとしており、日本の政治家もそれに追随する傾向にあるが、日本はけっして単に「アジアの中の西洋」ではなく、非西洋の中で日本に適した近代化を作り出す努力を重ねてきたのである。
    パーソンズ理論をそのような観点から用いてこそ、パーソンズ理論は真に「一般」理論の名に値するものとなり得るのではないか。

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